デジタル推進事業 技術的課題解決ヘ向けたPoC BSRのPoC紹介
BSRのPoC紹介
地質解釈におけるルーチンワークを
「AI」に任せる時代へ
- POINT
- 「燃える氷:メタンハイドレート」の在処を示唆する特殊信号=BSRの判別自動化
- 人間には簡単だが計算では難しい判別作業を「AI」にお任せ
- 単調な判別作業に掛かる時間を低減、専門家は複雑な地質解釈により長く従事可能に
メタンハイドレートはどこにある?
メタンハイドレートは「燃える氷」とも称され、日本近海においてもその賦存が確認されていることから注目を集めている地下資源です。
メタンハイドレートの在処を知るためには、他の地下資源と同様に「探鉱作業」を行う必要があります。その1つとして、地下深く数百メートルから数千メートルの穴を開けて、岩石などを直接採取する「坑井掘削」があります。しかし、坑井掘削にかかる費用や時間は膨大であるため、ときに数千平方キロメートルにも及ぶ広大な調査エリアの全域において分布確認のための坑井掘削を行うことは現実的ではありません。したがって、メタンハイドレートがどこに、どのような分布をしているかを把握するためには、より広域の情報を得ることが可能な「物理探査」を行うことが一般的です。
物理探査手法の1つである「反射法地震探査」は、地表や海面付近で人工的に地震波を発生させ、地下で反射したその波を観測・解析することにより、地下の地質構造を把握します。この反射法地震探査は、岩石の物性が変化する境界において、地震波が「反射」することを利用した手法です。例えば積み重なる地層が物性の変化と一致する場合、その解析結果はバームクーヘンの断面のような縞々の見た目を表します。この地下の断面のような解析結果を「反射法断面図」と呼び、“物性変化のパターン=反射面”を地層境界とみなすことで地質学のルールに沿った解釈を行うことが可能となります。しかし、これには例外もあり、反射法断面図上の反射面が常に地層境界を示すわけではありません。
地温が高いとメタンハイドレートは融けて水とガスになる。メタンハイドレート層とガスを含む地層の境界でも反射面が生じ、通常海底面と平行に出現するためBSRと呼ばれる。
BSRを見つけるためには
この「例外」の1つが、反射法断面図上に出現するメタンハイドレートの存在を示唆する信号=BSR(Bottom Simulating Reflector、海底疑似反射面)です。メタンハイドレートは、海底面に沿ったある一定の深さまでしか存在できないことが知られています。これはその深度より深くなると地温が高すぎることで、メタンハイドレートが水とメタンに融けて分かれるためです。メタンハイドレートが地下に存在しているとき、反射法断面図上ではメタンハイドレート層とガスを含む地層の境界にて反射面が出現し、それが海底面と並行して広がります。このような①海底面と概ね並行で②地層境界の反射面と斜交し得るような特徴を呈する反射面こそがBSRです。これらの特徴をもとにBSRを探すことで、広大な海のどこに、どのような広がりをもってメタンハイドレートが存在しているかを知るための重要な手掛かりをつかむことができます。
しかし、ある反射面がBSRかそれ以外かを判断するための根拠は、反射法断面図上での見た目の違いのみです。このことから、BSRの判別は技術者による目視を伴う手作業で行われます。習熟した技術者にとってBSRの判別は大半のケースにおいて難しい作業ではありませんが、広大な調査エリア全体において判別を行うには膨大な時間が必要です。加えて、ノイズ等の影響によってBSR信号が希薄となる場合、その判別は時に属人的となり、判別結果が技術者の違いやプロジェクトの経過にともなってバラバラとなる恐れがあります。
AIによる地質解釈は技術者に何をもたらすのか
そこでJOGMECは”深層学習=AI”を用いてBSRの判別を自動化するための技術の開発に取り組んでいます。上記の通り、BSRは反射法断面図上に例外的な反射面として出現しますが、この判別には単純な数値計算ではなく、技術者の知見をもとにした総合的な判断が必要です。深層学習は表現が難しい技術者の知見をもとにした抽象的なBSRの判断のモデル化に有効な手法であり、実際のデータを用いたテストにおいても、BSRが技術者同等の品質で、なおかつ高速に判別され得ることが確認されました。下の図は深層学習を用いてBSRを自動判別した結果の一例です。深層学習は技術者よりも細かいところまで BSRを判別していることが分かります。深層学習は一度モデルの学習を行えば、膨大な数のデータを同じ判断基準で処理することが可能です。これらの特長から深層学習を用いたBSRの判別は、判別の高速化のみならず判別精度の向上および判断基準に一貫性を持たせることが期待されます。
AIを用いた地質解釈の自動化が資源探鉱の現場にもたらす恩恵は、技術者の手作業を省力化するだけにとどまりません。深層学習を用いた自動化技術は、これまでの地質技術者には成し得なかったような、データに基づく新たな視点を提供し、その地質解釈を高度化させる点に強みがあります。しかしながら、開発可能な資源が実際に賦存しているかどうかを知るためには、地球科学に基づく横断的な知見と断片的な情報を基に、調査エリアにおける地質現象の歴史を紐解くことが求められます。今後の地質技術者は、AIを活用して得られた俯瞰的な情報を根拠に、自身の創造性を加味することで、不可視で難解な地質の成り立ちを解き明かしていくことが期待されます。
反射法断面上(図上段)において確認されるBSR(赤矢印)がAIによって判別されている(図中段)。AIによる結果は技術者の手作業による結果(図下段)と比較してより細かいところまで判別されていることが分かる。(石油技術協会特別講演会・春季講演会要旨集より引用)
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技術部探査技術課
(併)デジタル推進グループデジタル技術チーム - 石鍋祥平
- 物理探査船グループデータ処理チーム(当時)を経て2020年より技術部探査技術課に所属。
2018年より企画調整部デジタル推進チームに併任。
※所属・役職及び本記事の内容は執筆時点のものです。