クリーン水素・アンモニア推進事業 国際動向 欧州水素銀行の役割

欧州水素銀行の役割

欧州水素銀行の役割
-グリーン水素の市場形成に向けて-

POINT
欧州水素銀行とは、グリーン水素市場形成のための財政的な支援メカニズム
競争入札と差額決済契約を通じたアプローチで、グリーン水素の市場構築を促進
欧州水素銀行の取り組みの過程で得られる知見は、世界の水素政策に影響を与える

欧州水素銀行とは?-目的と機能-

 EUは、水素を2050年気候中立達成のため、また、ロシア産化石燃料からの脱却のために重要なエネルギーと位置づけています。2020年公表の欧州水素戦略では、EU域内で最大1,000万トンの再生可能水素(本稿では「グリーン水素」と表記します)を生産するとの目標が掲げられています。さらに、2022年公表のREPowerEU計画では、2030年までに1,000万トンのグリーン水素の輸入を促進することによって、域内生産と域外からの輸入で、年間2,000万トンを域内に供給すると、供給目標を大幅に引き上げました。このように、グリーン水素の重要性が増す中、2022年9月、欧州委員会は「欧州水素銀行(European Hydrogen Bank)」の設立を発表しました。翌年3月には具体的な活動内容が発表され、2023年11月に第1回競争入札のプロセスが開始しています。欧州水素銀行とは、物理的な存在ではなく、グリーン水素の市場構築のための財政的な支援メカニズムで、政策ツールの一つなのです。
 欧州水素銀行の4つの主な活動は、「1.EU域内市場創出支援」、「2.域内への輸入を前提とした域外生産の支援」、「3.水素取引の透明性の確保と域内外での加盟国・事業者との調整」、「4.既存の財政支援策との調整」(下図)で、欧州委員会はこの4本柱の活動を通じて、グリーン水素と化石燃料由来の水素のコストの差を低減させ、グリーン水素需要を持続的なものとし、投資リスクを緩和させ、グリーン水素の市場構築を促そうとしています。

図.欧州水素銀行 4つの活動の柱

※)有償資金協力と無償資金協力を混合した金融支援の方法

出所:欧州委員会作成図をJOGMEC翻訳

欧州水素銀行の財政支援策-競争入札と差額決済契約によるアプロ-チ-

 では、欧州委員会はどのような方法で、グリーン水素と化石燃料由来の水素のコスト差を低減しようとしているのでしょうか?
 欧州水素銀行は、競争入札を実施し、生産されるグリーン水素1キログラムあたりの固定されたプレミアム(奨励金)を、落札した水素生産者と締結する差額決済契約(Contract for Difference)に基づき10年間補助することで、グリーン水素と化石燃料由来の水素の価格差を低減しようとしています。生産者は、入札にあたって、(1)グリーン水素1キログラム当たりの支援額、(2)今後10年間の平均グリーン水素製造容量、(3)新たに設置する電解施設容量、等の情報を含む事業計画を提出します。事業の適格性が審査されたうえで、最終的には、(1) の入札価格が低いプロジェクトから高いプロジェクトの順でランクが付けられ、入札の予算がなくなるまで、この順番で財政支援がなされます。
 2023年11月にプロセスが開始された第1回競争入札は、水素銀行の第一の柱「1. EU域内市場創出支援」のための施策であるため、対象は欧州経済領域(EEA)の生産者に限られ、8億ユーロが割り当てられました。なお、落札者は 5 年以内にグリーン水素の生産を開始することが求められています。
 そして、2024年春に予定されている第2回競争入札は、第2の柱、「2. 域内への輸入を前提とした域外生産の支援」のための施策です。これには22億ユーロが割り当てられ、EEA域外からの入札も可能になる見込みです。
 欧州水素銀行は、競争入札を通しての補助金給付に留まらず、水素の流れ(hydrogen flows)、取引、価格の透明性を高め、生産者と消費者を結びつけるアプローチをとることでも、市場形成を促進しようとしています。これが、「3.水素取引の透明性の確保と域内外での加盟国・事業者との調整」のための取り組みです。
 また、EUとEU加盟各国には多くの水素支援スキームが存在していますが、必ずしも支援スキーム間の調整がとれていて、有効に機能しているとは言い難い状況です。そのため、欧州委員会は、欧州水素銀行の下で、多数存在する水素セクターへの支援策を合理化し、相互補完的に機能するべく、検討をすすめています。これが4つめの柱、「4.既存の財政支援策の調整」のための活動です。

欧州水素銀行の今後

 欧州水素銀行がグリーン水素市場を形成し、水素経済の成長をもたらすか?の問いに対して、現時点での回答は難しいでしょう。欧州水素銀行の予算と補助金は限定的で、また、事業者が他の補助金を受けられない制度デザインになっているなど、批判もあります。
 国際的に、グリーン水素はエネルギー転換に大きな役割を果たすと期待され、これまで以上に注目を集めています。世界各国で水素戦略が策定され、水素セクターへの投資は増加しています。日本もまた、野心的な水素戦略を策定し、水素とアンモニアをカーボンニュートラル実現への不可欠なものとし、その拡大にコミットしています。欧州水素銀行の取り組みの過程で得られる知見は、今後の日本をはじめ世界各国のグリーン水素政策に影響を与えるでしょう。
(※)本稿は 2023 年 12 月現在の情報に基づき執筆されました

ロンドン事務所
ジョーダン・サンギータ
早2015 年より JOGMEC ロンドン事務所にて主に石油・ガス上流開発、マーケット動向の調査業務に従事。博士(農学)。

※所属・役職及び本記事の内容は執筆時点のものです。

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